〜プログラム〜

1.二重唱“スターバト・マーテル”より
      1曲 第11曲 第12曲  
      緒方久子(ソプラノ)
    内藤友恵(アルト) 
    
      中村望(ピアノ伴奏)

2.ピアノ独奏“別れの曲”“喜びの島” 
    扶瀬やよい(ピアノ)

3.独唱“日本の笛”より 
      緒方久子(独唱)
    皆川育子(ピアノ伴奏)

4..独唱“歌の調べのように”
    “オペラ「セビリアの理髪師」”より  
    内藤友恵(独唱)
    皆川育子(ピアノ伴奏)

5.三重唱“菩提樹”“セレナータ”
     “若葉”“早春賦”
     “花のまわりで”

      緒方久子(ソプラノ)
    内藤友恵(メゾソプラノ)
    
臼居すみれ(アルト)
    中村望(ピアノ伴奏)

6.ピアノ連弾“ハンガリア舞曲”より 
      1番 第5番 第6番 
      扶瀬やよい(プリモ)
    川田寛子(セカンド)

7.合唱「母島音楽サ−クル」
    「父島コールやしの実」と共に 

     “小笠原古謡”ほか

10月5日 
午前中、教育委員会の方が車で父島の
見所を案内して下さった。

水平線がゆっくりと丸い弧を描いている海、
野生のヤギ、本土では見られない
植生の
森など素晴らしい自然である。泳ぎたいと
水着を買った若いメンバーは
1時間ほど
だったが貸し切りの浜でひと泳ぎ。
台風で出発が一日遅れたためほと
んど
小笠原を楽しむ時間も余りなかったけれど
生まれたままのような自然が
息づいている、
素晴らしい島を少し楽しみ、
何より島の方々の暖かい
気持ちを体で
感じての演奏会は、心に残る経験となった。
午後2時、父島出航。

25時間後にはまた日常の喧騒に戻るのだ。

10月4日 
午前中は母島の景色の良い所を2ケ所程
回りサンゴ礁の海など堪能する。

午後2時発の船で昨日の父島へ向かう。
ここでも到着後、シャワーを浴びるのも
もど
かしく、学校へ練習に向かった。
ここも母島同様蒸し暑い体育館での
演奏で、汗が目
に滲みて痛くなって
しまう程である。夕方から時折サーツと
通り雨があり、一層蒸し
暑い。
体育館では、用意された武道用のマットに
座ったり、2,3人で片隅に座ったり、
思い思いの場所で音楽に耳を傾けて下さる
様子がとても印象的で心に残った。
ここ
でも子供達のお行儀の良さが
目立っていた。発表会での生徒の態度を
思い出すと冷や
汗が出る。


10月3日 
午前11時半父島着の予定が少し遅れたが、
港に父島の合唱サークルの方
出迎えて下さった。
初めてお目に掛かったその方に、以降
大変お世話になることと
なる。直ぐに
船を乗り換えて、母島へ向かう。
母島に4時頃着。港にお出迎え下さった
大石先生のお顔を見て、懐かしさと共に、
「はるばる来たのだ」という実感が
やっと湧
て来た。民宿に荷物を置くのも
もどかしく直ぐに先発隊は今夜の演奏
会場である
「母島小中学校体育館」へ
練習に出掛ける。昨日一日声出しも
ピアノにも触ってもい
いので、みな
真剣である。体調を崩した人もなく、
一安心である。
島の方々は、
道ですれ違っても必ずと
言って良い程、会釈をして下さり、
暖かい土地柄であることが
感じられる。
7時に演奏会開始というと、みなさん7時に
家を出て来る、それが「島時間」
なのだそう
ある。
会場に集まった方々は演奏が始まると
静かに聞き入り、熱心に耳を傾けて下さる。
とくに小さい子供さんが演奏中とても
静かに聞いている態度には
一同感心してしまった。

10月1日 
台風21号の影響でおがさわら丸の出航が
1日延期になってしまった。

大石先生と連絡を取り、母島での
演奏会が予定より1日延期となる。


10月2日 
竹芝旅客ターミナルに9時半集合。
メンバ−の1人が小田急線の土砂
崩れで
遅れたが、無事到着、乗船後、直ちに出航。
東京湾を出ると
途端に台風の余波で船の
揺れが大きくなる。まず全員顔合わせをする。

その後は、今回の演奏会の後援である小笠原
海運のご好意で用意された
個室で各自くつろ
いで一路1000キロ南の小笠原へ。

東京を離れるにつれて海の色が美しい
マリンブルーに変わり、どこを
見ても
島影一つない海の真っ直中。
時速22ノットという表示をキロに
換算して
みると、約40キロ。意外に遅いなと
思っていると水の抵抗って
凄いんだよ
と言われる。

演奏旅行記

今回の演奏旅行は、数年前まで桐朋短大で楽器法の集中講義の授業を受け持っておられた大石清先生(芸大教授・チュ−バ)から、「島の人達に『生の音楽』を聞かせてやって欲しい」とのお話から出発しました。先生は人間関係をとても大切になされる先生で、同窓会から会報・名簿などをお送りするたびにご丁寧なお返事を下さるお人柄の先生でしたので、私たちに少しでもお役に立てるのであれば、という思いから今回の演奏旅行が実現する運びとなりました。

呼び掛けに応じて演奏に参加して下さる方々が決まり、グループ「桐」という名前のグループを結成し、初めての経験である演奏旅行は大きな収穫を得ることが出来ました。

聴いて下さる方と演奏する者、それを蔭で支えて下さる人々、その一体感を、小笠原という遠く南海の地で味わう事が出来た喜びは、『音楽って、何て素晴らしいんだろう』という感動そのものでした。温かい島の方々との交流、決して良い条件とは言えない状況下で、それを乗り越えての演奏、言語に絶する素晴らしい自然との触れ合い、そして何よりグループの仲間たちとの数日間の団体行動で味わった楽しさ、これに勝るものはそうそうないだろうと思われる程の経験でした。

小笠原演奏旅行